パイシート

 がりまるという二年生がいる。
 彼の事を考えると、巌勝は知らず知らず眉根を寄せてしまう。縁壱に言わせると「ノスリのような目をしている」らしい。
 ノスリとは。お前はなんだ、ぽやぽやした顔をして。
 巌勝は腕組みをして首を左右交互に傾けた。骨がポキポキ音を立てる。
 ぽやぽやしているからがりまるなんかに好かれてしまうのだ。
 そこまで考えて、頭蓋骨の内側にぶつかって跳ね返ってきた自分の勝手さに目を閉じる。
「何を悩んでいるのだ難しい顔をして」
 同室ではないのだが、継国兄弟の部屋に住み着いている小芭内が声をかけてきた。
「別に悩んでは……いないけど」
 小芭内は少し目を細めて巌勝を見る。
「がりまるがさ、スーパー行った土産にって縁壱にパイシート買ってきてさ」
「パイシート」
「パイシート」
 二人の間で「パイシート」は一往復半。
「はぁ、また出たなこじらせブラコン」小芭内は、「弟を好きすぎる巌勝」にはすっかり慣れてしまった。「今度はなんだ。パイシートの後があるのだろう」
「あいつ次のお茶会の菓子作り、縁壱の助手をかって出たらしい」
 小芭内は目をくりくりさせて「ふぅん」と言った。
「パイシートが何かも知らず、うまそうだとか言って土産に買って帰るアホが菓子作りの助手などおこがましすぎるだろ!」巌勝は宙に向かって炎のように言葉を吐き出した。
「パイシートが何なのか、ミチとて知らんだろう」と小芭内。
 巌勝は彼を見た。
「お前は知ってんのか小芭内」
「……パイのシート?」
 二人は黙り込んだ。彼らの間を、廊下を行き来する寮生たちの足音が通り抜けていった。二人とも急にスイッチが入ったように互いを見て、少し笑った。
 
 
「お前がやれよミチ、その菓子作りの助手とやらを」小芭内が手で口元を隠す。巌勝はにやにやしながら
「俺も今それを考えていた。がりまるはクビだ」ドアへ向かう。
 巌勝が出てゆき、音を立てて閉められたドアを、小芭内はしばらく見ていた。それから巌勝のベッドに上がって壁にもたれ、足を伸ばして座り、読書を始めた。継国兄弟と彼らに関わる人間たちのものに比べれば、小説の主人公の人生は平べったいパイシートのように思えた。