五人善哉

 あかつき荘は、初めての正月を迎えていた。
 遅く起きてきた朝昼兼用の食事、二日目のおせち料理は中身もまばらになっているが、皆前の日の夜遅くまで話しながら飲み食いしていたので問題はなかった。
 話題はもっぱら下宿人不死川実弥と冨岡義勇を仲直りさせるにはどうすればよいかという事だった。恋人同士である彼らは年末にけんかをし、仲直りしないまま義勇が実家へ帰ってしまったのだ。今日の夕方に帰ってくるらしい。
「先輩からなんかメッセージとか来たか?」
 あかつき荘の大家であり家主である継国巌勝が実弥に尋ねた。彼は父の経営する会社で働いている。
 高校からの仲間が皆社会人になった今、生まれ年が同じである冨岡義勇は「同い年」と言ってもよいのだが、初めて会った高校で「先輩」であったから、そのまま「冨岡先輩」と皆に呼ばれているし、感覚も「冨岡先輩」というところがある。高校からずっと義勇の恋人である実弥にしてもそれは同じようで、彼もずっと「冨岡先輩」と呼び、態度も「年上扱い」だ。
「来たらもうちィと嬉しそうな顔してらァ」実弥はぼそぼそと答え、酒は控えるらしく、巌勝の双子の弟縁壱が入れてくれた熱い緑茶をすすった。
 実弥は高校を卒業してすぐ、町工場で働き始めた。鬼狩りの組織に属し、フルタイムでそこの仕事をしている「鬼狩り・冨岡義勇」の手伝いもしている「パートタイム・鬼狩り」だ。縁壱も同じく「パートタイム・鬼狩り」である。
 縁壱は、あかつき荘の管理や家事を住み込みでしている。彼も大学へは行かずあかつき荘へ入るまではいわゆるフリーターをしていた。大学へ進学した巌勝は、父に半ば脅迫されて実家へ戻らされたが、縁壱は放っておかれた。それを、彼は家に戻ってはならないのだと理解した。一人暮らしをしなければならないと、アパートを探していた時、巌勝と同じ大学へ進んだ伊黒小芭内が、一緒に住もうと誘ってくれ、少し広めのアパートをシェアして住んでいた。縁壱を除く仲間四人の誰もが、縁壱が「普通に」一人暮らしをやっていけると思っていなかった。実弥は社会人になってすぐ義勇と二人で暮らしていたが、どうしたものかと話し合っていたし、巌勝は父を殺して縁壱を家に戻らせようかと思っていたと後に語った。
 縁壱を助けた小芭内は、在学中からエッセイや小説を書き、作家として仕事をしている。巌勝が継国家の別宅を父から買い取り(譲ると言われても頑として受け入れなかったという話である)、下宿人を募った時、やはり一番に彼がやってきた。相変わらずの人見知りで、職業柄可能であるのでいつも家におり、ハウスキーパーの縁壱もたいてい家にいるのでこの二人は非常に仲が良い。
「そもそもなぜけんかなどしたのだ。年末のクソ忙しい時じゃないのか」小芭内も茶をすする。思いの外熱かったらしく、びっくりして「シー」と息を吸って舌を冷ました。
「クソ忙しいとかァ、そーゆー事いちいち考えてけんかなんかするかァ」
「そう言われればそうかもしれんが」
「それでまぁ、そういうけんかってほんっとにクソしょーもない事がきっかけなんだよね」
 巌勝の言葉に、実弥は少し黙って縁壱が活けた花を見つめた。うさぎの花瓶は縁壱が作ったものである。高校の時からよりちはうさぎのオブジェみてェなもん作ってたな。実弥はぼんやり思い出す。懐かしい寮の部屋。みんながいつも集まっていた継国兄弟の部屋には大量の縁壱作のうさぎの置物があった。あれェ、今多分屋根裏にあるだろなァ。
「何をにやけているんだ馬鹿者」
 小芭内の声で我に返る。
「知らねェよォ。とにかくクリスマスの事でェ、なんか俺がちょっと怒っちまってェ……いつもそれで済むんだけど今回なんか先輩も怒ってよォ」
「それは昨夜聞いたぞ」
「俺は初めて聞いた!」と縁壱。
「縁壱はちょっと早く寝たからな」巌勝が微笑みながら縁壱の顔を見て、肩をぽんぽんと叩いた。弟に対する異常とも言える熱い愛情は高校の頃と全く変わりがない。下手をするとひどくなっているかもしれない。なにしろ、大学でも会社でもモテまくってきたのに一人も恋人を作っていないのだ。
「先輩、寂しかったんじゃないかな」縁壱はこたつの上のかごからみかんを一つ取り、皮をむいた。
 実弥は縁壱の顔を見る。「寂しい?」
「クリスマス、実弥は工場のクリスマスパーティーに行ってたし、その後三次会まで行ったじゃん」
「そりゃそうだけどォ、先輩だって産屋敷のクリスマスパーティーに行ってたから同じじゃねェか。だいたい――」実弥もみかんを取り、手の中で転がす。「お前らだってクリスマスはそうだろ? パーティー行ってェ、二次会三次会って。小芭内だって出版社のやつゥ、行ったんだろォ?」
「仕方がないからな。二次会など行かんぞ。仕方がないから行って、なるだけ早く帰った。馬鹿みたいに三次会まで行ってゲロを吐きながら帰ってきたりはしていない」
「俺はさぁ――」巌勝が顎に手をやり、人差し指で耳の下辺りを擦りながら言う。「会社のやつは挨拶だけで抜けて帰った。クリスマスに縁壱をひとりぼっちにしておくなんて継国巌勝じゃないだろ?」
「知るか」と小芭内。
「だけど――」眉をしかめ、口をすぼめて少し考える。「あの時、帰ったら先輩いた……よな?」縁壱の顔を見た。縁壱は頷く。
「いたよ。先輩が産屋敷の事務所へ行ったのは九時頃。それもつなぎの上に防寒着着てたから、クリスマスパーティーじゃなくて鬼狩り行ったんだと思う」
「ちょっと待てェ!」実弥は立ち上がった。こたつの天板が揺れ、たっぷり入っていた巌勝の湯のみの茶が少しこぼれた。
「なんでェ――」すぐに膝をつき、縁壱の肩を掴む。「言わないィ! 言ってくれればァ! よりちィ、何で言わねェんだ!」
「言うって、いつ?」
 しばしの沈黙の後、実弥は床に倒れ込んだ。
「あー! アホだァ! 俺はアホだァ! 何でェ気付かなかったァ! それを逆にキレちまってェ」
「泣かないで実弥」縁壱が実弥の肩を優しく叩いた。
「泣いてねェわよりちィ」
 巌勝が箸をとり、残骸のようなおせち料理をつつく。
「ぐにゃぐにゃ言ってないでさ、謝れば?」
「できねェ。絶対許してくれねェ」
「そんなキャラじゃないだろうに、先輩は」
「お前仕事でめちゃくそミスってすぐ『すみません』って上に謝れるかァ?」
「俺はミスしないし、会社で『すみません』とか言わないよ、バカ」
「あ、そうだ、あれを持って来てやろう」小芭内が立ち上がり、ドアを開けて廊下へ消えた。縁壱が実弥をくすぐり出し、巌勝も乗じてくすぐっていると、小芭内がマフラーを持って戻って来た。
「マフラー! どうするのそれ?」実弥と一緒に床に転がっていた縁壱が起き上がる。実弥も起き上がった。
「ファンってやつから送られてきたんだが――」小芭内は折りたたまれていたマフラーを広げて見せた。「こんなに長いのだ」
「恋人巻き用のマフラーだね」と縁壱。巌勝はくいっと片眉を上げた。
「それ用って事もないだろうが、デザインで長いものだと思う。」小芭内はマフラーをたたむ。「しかし今回は恋人巻きで活用してもらおうではないか」
 恋人巻きとは、二人が一つのマフラーを共有して巻くものである。
 胡坐を組んで座っていた実弥の膝に、マフラーはぽんと投げられた。
「そ……そんな事ォ……ででできる訳ねェだろォ!」
「言葉で言えないなら態度で言えよ」巌勝は顔をしかめる。「なんでも無理はないだろ」
「あったかさがすべてを解決するよ!」縁壱も実弥の方へ身を乗り出して「恋人巻き」をプッシュする。
「あ、アホかァ。そんな付け焼刃のあたたかみで解決なんかするかァ! しかも先輩はァ、なんかクールなとこあるだろォ」
「クールねぇ」縁壱が腕組みをした。それからすぐにほどき、実弥の背中を叩きながら、
「どんなにクールな人でもさ、めちゃめちゃ寒かったらクールにふるまえないよ! らしくさせたげなよ~」
 実弥は小さく唸った。俺だっていつもの先輩が見てェよ。めちゃめちゃ見てェよ。てか、会いてェよ。
「夕方帰ってくるんだろう。駅まで迎えに行け」と小芭内。
 駅で顔を合わせたら、二人の間のわだかまりはあっという間に氷解すると、小芭内も巌勝も分かっていた。恐らく縁壱も。しかし小芭内は、勘違いで義勇を責めた実弥にちょっとした罰を与えてやろうと思ったのだ。

 

「今年の抱負かぁ」
 テレビを見ながら巌勝が呟いた。
 実弥は長いマフラーを襟元にぐるぐる巻きにして、あかつき荘を出た。駅まではバスで二十分ほどだが、今日は酒も飲んでおらず、あかつき荘にある二台の車の内、縁壱が買い物に使っている軽自動車を借りて行った。
「俺、今年はブラコン卒業しようかな」
 自分で「ブラコン」などと言っておれば世話がないなと、小芭内は思った。彼は今こたつの天板にノートパソコンを置き、ゆるりと仕事をしている。彼の連載の中で一番人気のある『ひので荘日記』を執筆しているのだ。読者諸君お察しの通り、あかつき荘の毎日を元に書かれた小説だ。
「ブラコン卒業するって事は兄上はどうなるの? どんな風になるの? 恋人とかすぐできるよね?」と縁壱。
「うれしそうだな縁壱」
「別にうれしい訳でもないよ」
「お前も今年は何か卒業しろ。例えば髪を短くするとか」
 縁壱の髪は、幼少時に母を亡くして以来ずっと長い。ほどくと尻の上までくる長さだ。この長い髪、母の形見の花札のような耳飾り、そして普段着の和服。これはずっと彼のトレードマークだ。
「兄上ぇ。こないだ髪切ろうかなって言ったら泣いたじゃん」
 小芭内は思わず噴き出した。鎌かけかよミチさん。
「俺はずっと自分のために、お守りみたいに、髪とか着物とかしてきたけどさ――」
 小芭内はちらっと縁壱の顔を見た。いつもぽわぽわしている顔が、少し硬い。
「でもいつの間にか俺、お守り、そんなに要らなくなっていたよ。今も怖い事とかまだ結構あるけど、ホントはこんなに――」縁壱は自分の長い髪を両手でつかんで少し引っ張った。「しっかりお守り要らないんだ。でも全部そのままにしてる」
「なんで?」巌勝も真面目な顔になって縁壱を見ている。
「これはさ、兄上のためにしている。俺もちょっとくらいは兄上の事を守る、そのお守りだよ。兄上は強いからいらないかもだけど、これはこれで俺なりの愛情だから許して」
「よ……」
 声は途切れ、縁壱の名を呼ぶかのように口を小さく動かしながら、巌勝は縁壱を力いっぱい抱きしめた。防波堤で砕けた「兄の愛」のしぶきが小芭内の肩にもふりかかる。
 双子はいいな。知らず知らず、小芭内はテキストエディタにそう打ち込み、それに気付いて声を上げて笑った。双子は驚いて小芭内を見た。

 上り下り両側のホームに電車が止まり、走り去っても、駅舎からでてくる人はまばらだった。田舎の駅だからか、人の動かない時間帯だからか、実弥にはよく分からなかった。彼の勤める工場はあかつき荘から近いため、自転車で通っている。電車の駅にはなじみがない。
 義勇の姿はすぐに分かった。向こうも、実弥の事をすぐに見つけたようで、足早に歩いてくる。実弥の心臓は急に速く拍動し始める。
「あっ?」思わず小さく声を上げた。
 義勇も「あ?」という風に、実弥の三メートル手前で足を止めた。お互い見つめ合う形になる。
 義勇もマフラーをぐるぐる巻きにしていたのだ。バーバリーチェックに似た柄のロングマフラー。色合いからして、彼のものではない。
「せ、先輩、マフラー」挨拶より謝罪の言葉より先に、それが口をついて出た。義勇は実弥の傍まで足早に歩いてきた。
「これは……姉さんが、その、仲直りしろと、どういう訳かこんな長いものを巻き付けて……どういう事だろう?」義勇は小首を傾げた。
「ふ、ふふ……」実弥は笑いをこらえきれない。義勇が眉根を寄せる。
「不死川も似たような長いものをしているな」
「あー、うん、そォだァ、先輩ィ、俺は小芭内にィ……てかみんなに仲直りしろって言われて」
「そうか、皆にも心配をかけたかな」
「たいした事ねェよ、あいつらァ半分面白がってんだからなァ」
「そうか。早く皆にも会いたいな。たった数日で、実家もいいが、俺にとってはあかつき荘が実家みたいなものでもあるからな」義勇は微笑んだ。
「先輩ィ」実弥は義勇と並んで駐車場の方へ歩き出す。「ここが外じゃなかったら、とんでもねェ事になってるぞォ」
「なんだ、『とんでもない事』とは」
「色々だァ」
 駐車場に着き、一台一台のスペースを示す白線に突き刺さるように少し斜めにとめてある車の所で、実弥は運転席側へ、義勇は助手席側へ回った。ドアを開ける実弥に義勇は、
「不死川、悪かった」と言った。
「……先輩ィ……」ドアを開けて地面に立ったまま、車を挟んで二人は向かい合っている。「ダメだァ、先輩が謝る事じゃねェ」
「いや、いいんだ、けんか両成敗だ」義勇は小さな笑顔を実弥に見せてから、助手席に滑り込んでドアを閉めた。
 実弥は運転席に乗り込んだ。目に涙がにじんでいた。この先どんなに腹の立つ事があっても、絶対に義勇を責めたりすまいと、効力の短い誓いを立てた。

 実弥と義勇がいつも通り揃って帰ってくると、台所から出てきた縁壱がにっこり笑って
「お帰りさねぎゆ!」と言った。
 皆同い年であるが、どこか幼く、自分の弟でもあるように感じる縁壱の嬉しそうな顔を見ると、けんかした自分たちを随分心配していたのではないかと思い、義勇は反省した。なぜか、自分のしていたマフラーを外し、縁壱の首に巻き付ける。
「あ、違うよ、これは――」縁壱はマフラーを外して義勇の襟元に一度、隣に立つ実弥に一度巻き付けた。「こうするんじゃん」
 実弥は自分のしていたマフラーをまだ外していなかったため、ぐるぐるのマフラーの上にまた巻かれてソフトクリームのようになっている。
「これは巻きすぎだろォよりちィ」実弥が笑った。
 リビングへ入ると、こたつで小芭内が仕事をし、巌勝がテレビを見ていた。「ただいま」と言った実弥と義勇を見たが、二人とも縁壱ほどは喜ばなかった。
「やあ、さねぎゆ、恋人巻きで愛を再確認したか?」
 巌勝が言った。
「なんだァお前酔ってんのかァ?」マフラーも上着も床に脱ぎ捨て、実弥はこたつへ入る。実弥の脱ぎ捨てたものと自分の脱いだものをハンガーラックのパイプへ被せて置き、義勇もこたつへ入る。
「一滴も飲んでないぞ」言ってから巌勝は口をきゅっと結んだ。
「酒がなくても酔える体質なんだこいつは」小芭内はノートパソコンをパタンと閉じる。
「酔ってないって……あー、あえて言うと、愛に酔ってるかなぁ」
「本当にしらふなのかお兄ちゃん」義勇は高校の頃から巌勝の事を「お兄ちゃん」、縁壱の事を「継国」と呼んでいる。
「しらふだし大真面目すよ先輩。俺たちの愛はさねぎゆの愛に負けないくらい熱く燃えているんです」
 義勇は少し首を傾げて巌勝の言った事を咀嚼しようとしていた。
「なんだァお前、もしかしてェ、恋人でもできたんかァ?」
 実弥が言うと、義勇は驚いたように少しのけぞって彼を見、
「そんな訳がないだろう、天地がひっくり返っても太陽が東へ沈んでも、お兄ちゃんが継国以外の人間と付き合う事などないはずだ」
「一つ訊いていいかね、ボビ岡先輩。ミチとよりちって付き合ってたかな」
 小芭内の大きな目で見つめられ、義勇はしばし固まった。小さな声で
「継国は双子だったな、そう言えば」とつぶやく。隣で実弥がクククと顔をくしゃくしゃにした。
「いいんすよ先輩、それは半分正解ですからね!」巌勝は満足そうな顔をしている。
 そこへ縁壱が大きめの盆に五つの椀を載せて入ってきた。皆の視線を受けながらこたつの角へ盆を少し載せ、
「もしかして、もしかしてのぜんざいだよ!」と歌うように言った。
「昨日のやつか?」小芭内が、縁壱がこたつの天板に載せた椀を各々の前に置いていく。
「そう、昨日のやつ。昨日はアンニュイな味だったでしょ、でも俺、今日はちゃんと直したよ。塩をちょっと入れてね」
「さすが縁壱だな」巌勝はこたつ布団をちょっとめくって、盆を床に置いた縁壱が自分の隣に座れるようにした。
「あ、マジ、うまくなってらァ」「いただきます」も忘れて実弥はぜんざいを食べている。「塩かァ、そんなんでこんな味変わるかァ」
「『アンニュイな味』がな」義勇は微笑んだ。
 縁壱は皆が食べるのをひとしきり眺めてから小芭内を見て、
「いぐちー、年末に甘露寺さんにもらった最中、そろそろ開けてもいい?」と訊いた。
「ああ、いいぞ」
「明日みんなで食べよう!」
 甘露寺蜜璃は『ひので荘日記』の表紙や挿絵を担当しているイラストレーターだ。前の年の春、最初の打ち合わせで一度会ったきりだったが、暮れに挨拶に来た。人見知りの激しい小芭内はいつも外へ出る時や、慣れない人物と会う時にはマスクをして顔を半分隠している。しかし蜜璃とは初めて会った時に「慣れる努力の要らない人物」だと思ったと、縁壱に語っている。
「しかしなぁよりち」小芭内はにやっと笑いながら縁壱を見る。「あの菓子折りの中身が最中であるとなぜ知っているんだ?」
 にこにこしていた縁壱の顔がすっと無表情になった。困っている。今度は眉根がぎゅっと寄って、
「開けてもいいかって訊いたけど、本当は年末から包み紙は開いていました」と言った。「すっごくきれいでかわいい包み紙だから、どうしてもどうしてもどうしても中身を見たかった。いぐちーがだいどこのワゴンに載せていった直後に開けてしまいました」
「めちゃめちゃ前から開いてるんじゃねェかァ」ぜんざいの椀をすでに空にしている実弥が笑った。義勇もつられて笑う。
「しかもメッチャかわいい包み紙、びりびりになってしまった」縁壱は肩を落とした。巌勝はその肩を優しくぽんぽんと叩きながら小芭内を見た。
「責めてるわけじゃないぞよりち」小芭内は言った。「それに俺も年末から箱がむき出しになっている事には気付いていた」
「なんだ! すっごく怒られているんだと思ったよ!」縁壱はぴょこんと背筋を伸ばし、笑った。
 今日は皆よく笑うな。巌勝はなんとなく嬉しい気持ちになっていた。
 皆で囲むこたつの上に、空の、また、まだ少し中身の残る椀が五つ。
「縁壱、兄さんがそのかわいい包み紙、テープで貼って繋げてやろうか?」
 四人の視線が巌勝に集まった。
 彼は少し顔をしかめて片手を振り、
「冗談、冗談だ」と言った。